ウラル連邦大学によるエカテリンブルク案内

ドバイで乗り継ぎ待ちをしている時にFACEBOOKで現地大学生によるエカテリンブルク観光案内というイベントを発見して、すぐに申し込みました。試合日の今日の午後にエカテリンブルクを案内してくれるとのこと。
集合時間の12時に1905年広場へ行くと大勢の日本サポーターが集まってました。主催者はエカテリンブルクにあるウラル連邦大学で日本語を教えている鵜澤さん。ロシア人の日本語教師のアンナ先生と日本語を学んでいる学生さんがエカテリンブルクを案内してくれるそうです。

アンナ先生です

名所を簡単に案内しながら歩いて最後は血の上の聖堂で解散というルート。参加者が揃って早速出発。溜池の方に向かって歩きます。参加者の一人の男性が「日本」グッズをたくさん持っていて、僕ら夫婦に兜の飾り付けがされている帽子とプラスチックでできたおもちゃの日本刀を貸してくれました。
さすがワールドカップだなー。多少荷物になっても楽しむためのグッズをたくさん持ってきてる人が多い。僕らももうちょっとグッズを持って来れば良かったな。溜池の麓でエカテリンブルクの成り立ちをアンナ先生が説明してくれました。宝石とか鉱石の採掘で発達した街だそうです。溜池から川へ放水されている広場に大きな鉱石のモニュメントがありました。広場では伝統的なダンスのイベントが開催されていてのどかな日曜の昼下がりという感じです。
僕は兜帽子(「愛」のでっかい文字が貼ってあります)をかぶってるおかげで多くのロシア人に一緒に写真を撮ろうと誘われます。なんか人気者にでもなった気分(笑)

激流

次は溜池の脇にある緑と赤の綺麗な建物です。昨日もここを通って気になってました。セヴァスチアノフ(SEVASTYANOV)の家というそうです。

セヴァスチアノフの家

昔の実業家で、屋根に金のドームを付けて(付けようとしてかも)、国から怒られたそうです。当時は金のドームは教会にしか付けてはいけないことになっていたんだそうな。罰として毎週礼拝させられたとか。昔は中も見ることができたそうですが、今はプーチンの別荘になっているから見れないんですって。プーチンの私物という意味なのか、大統領の別邸という意味なのかはわかりませんでした。プーチンについてどう思うかって大学生の男の子に聞いてみたらすごく人気があると言ってたけど、別の人はだんだん人気が無くなってきてると言ってました。ま、人それぞれですよね。日本だって安倍さんに対する評価は人それぞれでしょうから。ここから北へ歩いて、お土産物屋に立ち寄って最後は血の上の聖堂へ。

血の上の聖堂

ロシアの最後の皇帝とその家族がここで処刑されてしまったそうです。セネガル人のカップルがいたので一緒に記念撮影しました。今日になって日本人はたくさん出会うけど、セネガル人はあまり見かけないな。
最後に参加者全員で記念撮影して解散。エカテリンブルクに住んでる人に日本語で案内してもらえて良かったなー。しかもみんな日本語が上手。大学で勉強しただけでこんなにしゃべれるようになるなんてすごいっす。すごく良いイベントだったな。僕ら日本サポーターはもちろん嬉しいし、日本語を勉強する学生もこれだけ大勢の日本人と日本語を話す機会はなかなかないと思う。日本とロシアの友好の架け橋になってる。素晴らしい。
主催者の鵜澤さんはワールドカップの組み合わせ抽選会の時に、日本戦がエカテリンブルクで行われることを必死に願っていたら本当にそうなってラッキーだったって言ってました。12会場中3試合の確率だから確かにかなりラッキーでしたね。こういう素晴らしい企画力がある人に幸運が訪れて良かった。おかげで僕らも楽しめました。ありがとうございました!
解散後教会を参拝して、いったんホテルに歩いて戻りました。

聖堂のイコン
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