海辺でランチした後は、観光を再開。午後はクストーというフランス人ガイドが案内してくれることになりました。車で5分ほど走ってまずはアフ・トンガリキへ。ラノ・ララクと並んでイースター島観光のハイライトなんじゃないかと思います。
入口でクストーが
「タダノを知ってるか?」
は?存じ上げませんが・・・。
「タダノがこのアフを修復したんだよ。」
ああ、なんか日本のクレーン会社が倒れたモアイを立てたって地球の歩き方に書いてあったなあ。
「だから日本に感謝だねー」と笑顔。
そうですか。確かにこのモアイが倒れているのと立っているのでは全然違うなあ。南の海岸線にはまだいくつかモアイが倒れているアフがあるからそこも修復したらどうでしょうか。モアイ倒し戦争の痕跡という意味でそれはそれで重要なのかな。
では、早速15体のモアイに近づいてみましょう。途中に寝そべってるモアイがありました。
クストーに聞いてみました。
「なぜこのモアイは修復されなかったの?」
「これはもともとアフに立てられていなかったモアイ。ラノ・ララクから運ぶ途中で落として首が割れちゃった。モアイは壊れたらパワー(マナって言ったかな?)を失ってただの石になっちゃうんだ」
なるほど。アフまであともう一息だったのにかわいそうに。本来であれば16モアイだったんだなあ・・・。
それにしても15体のモアイは想像以上の大きさで迫力があるなあ。お天気にも恵まれてよかったよかった。
モアイの前で観光客の10代くらいの白人の女の子二人がスマホに夢中になってました。こんなに素晴らしい遺跡を前にしてもスマホに夢中になっちゃうあたり、日本も海外も同じですなあ。
お約束のモアイと一体化した写真も撮ります。
David夫妻と我々で19モアイになりました。
クストーに撮ってもらった写真をチェックすると・・・、思いっきりクストーのリュックサックが写り込んでる・・。
ガイドなのにセンスないなー・・・。僕ら夫婦はもう一度撮り直しました。Davidたちはこういう面白写真は全く興味ないみたい。
お約束写真の後はプラットフォームの裏側に回ります。
裏側には壊れたモアイの残骸が置いてありました。
こういうモアイの破片はアフに再利用されることもあるようで、アフ・トンガリキでもモアイのお尻らしき岩が使われていました。
クストーはこうやって多少は解説してくれるのですが、実はあんまり島に詳しくない気がします。とにかくこのアフ・トンガリキはポリネシア最大のプラットフォームだということを何度も説明してました。まあいろいろ言われても英語が分からなかったり、覚えられなかったりだと思うので、同じことをひたすら説明してくれると記憶にちゃんと残っていいかもね。
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